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かつての上司、いろいろありました。

ゴールデンウィークを、如何お過ごしですか?
そこそこ予定も入り、そこそこノンビリ過ごしています。
昼間は暑いくらいの関東地方で、夜になっても室内は23度7分。
もう羽根布団は暑いかな~。
すばるは、冬用の敷物で寝なくなり、ほとんどタワーで寝ている。
敷物が冬用のままだと私の傍で寛ぐこともなく寂しいので、キルトに替えてみた。
これが大正解でした。
何でもいいわけじゃなく、けっこうこだわりが強い子なので、買っても使えないことも多々ある。

先日のこと、かつての上司から電話があった。
有料老人ホームで事務職をしていたときの上司。
ここでのトップでもある。
女性で、私より7ツくらい上だったかな。
もともと現場で介護職をしていた人で、その道のプロである。
学ぶものは多かったが、全体の管理となるとストレスも多かったのだろうか、私は、よく怒られた。
同僚や後輩が、全部引き受けてくれて申し訳ないと言っていたくらい、本当に、よく怒られた。
というか、理不尽に怒るので、ある意味イジメなのかも?
でも、私は、いじめとは思っていなかったし、今も思っていない。
7年の間に、何度も辞表を持っていこうとして、あるとき決意をした。
ところが、ネットで知り合ったアメリカにいる友人(偶然にも高校の一年下級生だったと判明!!)が、待ったをかけてくれた。
そういう辞め方は悔しくないかと。
さすがに、何十年もアメリカで仕事している人(女性)である。
理不尽と思うなら、尻尾を巻いて逃げるな。
認めさせてから辞めても遅くない。
そうか・・?と、単純に思って辞表はひっこめた。
相当、理不尽な仕打ちにあったが、なぜか、その上司を嫌いになれなかったのだ。
仕事に関してはプロだったし、尊敬できるところも、たくさんあったから。
勘違いして怒っていることが多かったので、そこを正すしかないが、すぐに説明しても聞いてくれないと思い、一晩寝てから「昨日は、私が何かしたと思うのですが、考えても思い当たらなかった」と言ってみた。
当然、なんで分からないの?と言われる。
でも、相手もトーンダウンしているから、「教えてやるか」って気持ちになる。
そこを「ああ、なるほど、それは気が付きませんでした。私は、こう思っていたのですが。」と言ってみる。
勘違いと思っていたものの中には、なるほど、相手の言うことも、もっともだと思われることも多かった。
自分が正しいと思っていることが、他人には正しくないこともある。
ついでに、仕事上の相談もしてみる。
信頼しているというアピールである
要するに、付き合い方次第では信頼を得ることもできるんだと学んだ。
しかし、それにしても退職するまで、神経が休むことはなかった。
何かっていうと、標的にされたし会議の最中にイヤなことも言われた。
それでも、給料は上がったし、本社への会議に同行することもあった。
たまには食事に連れて行ってくださったこともある。
たくさんの人が辞めていったが、私は、感情には流されずにいた。
何を考えているのか分からないままであった。
妹の病気を機に退職して、その後、その上司も辞められた。

年始と暑中見舞いの葉書は出していた。
時々、電話があった。
ご自分が退職に至った経緯も、電話で話してくださった。
彼女は彼女なりに大変だったのに弱音を吐けなかったのだと思った。
退職して10年は経つだろうか。
電話の回数は減った。
年賀状の返事がなくなって心配していたら大病をしたとのこと。
そもそも、腰痛ひどく歩くのも困難になっていて手術をするというのは聞いていたが、今度は、咽頭がんだと。
13時間の大手術だったらしい。
なんとか声は出せるから電話は出来る。
でも、実は食道にもガンがあって、春になったら治療方針が決まるらしい。
でも、もう手術はしたくない。
ガンでも持ったまま共存できるものもあるから、そこに掛けるのかなって思った。
もう、生きていても楽しみもないから、いつ死んでもいいわと言う。
そんな弱気なことを言う人ではなく、お年寄りに寄り添い元気づける人だったのに。
彼女は、出産の時に三途の川を渡り損ねたそうだ(!!)
天国の入り口を見てきた。
だから「死ぬのは怖くない」と常々言ってはいた。
声を出すリハビリになるのなら、いつでもお相手をしますと言って電話を切った。
なんだか、悲しくなった。
あんなに元気で、いつもスーツで颯爽としていたのに。
「信じられないでしょう?あの頃を知っているから。また電話するわね」と言っていた。
電話は、出たくない時もあるだろうから、時々、手紙とか葉書を出そうと思う。
話したくなったら、向こうからかかってくるし。

まさか、こんな長い付き合いになるとは思わなかった。
その当時のケアマネをやっていた同僚とは、よく会っている。
そのたびに、当時のことが話題に出るし、その上司のことは気にかけていた。
元気だったら会いにいきたいね・・・と、そのころ、何があったかも忘れている。
そんなものである。
辛いことも多かったけど、たくさんのことを、本当にたくさんのことを教えてくれた人である。
お年より、特に認知症の方との付き合い方とか、他人への配慮の仕方、常に目配り心配りをする訓練をしておくこと。
ある日、いきなり不機嫌になられたことがある。
誰にも、謎!!であった。
どうしたの?何があったの?と誰にも分からない。
夕方になって恐る恐る聞いてみた。
玄関を入ってロビーの様子が違っていなかったか?と聞かれた。
大きな花瓶の花が変わっていましたと答えたら「なぜ、それを口にしなかったの?」
え???
言わなくちゃいけなかったことなの?それだけで不機嫌になられるわけ?と腹立たしかった。
しかし、次の上司の言葉で納得した。
「いい?日々の変化に気づいて言葉にする訓練をしなかったら、お年寄りの変化に気づいてもスルーしてしまうってことよ!
気づいたらナースに連絡する、ケアスタッフを呼ぶ、そういうことが出来なくなるのよ。
日常の中で、気が付いたことは口にする。
スタッフ同士、今日は元気ね、顔色悪いけど大丈夫?とか、運転手さんにありがとう、気を付けてねとか口にしなくっちゃ。
人の命を預かる仕事なのよ。現場だけじゃないのよ、ケアの仕事は。」
一生忘れない言葉であった。

いつまでも元気でいてほしい。



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プロフィール

あられちゃん

Author:あられちゃん
お仕事をリタイアしたら、SMAP&キスマイくんのことを語りたくて始めましたブログ初心者です。
神奈川在住の、かなりのおばちゃんです。
いつの頃からかSMAPファン。
意識したのは「ロンバケ」の拓哉くんあたりから。
5人が大好きだけど、拓哉くんイチオシ。
キスマイの藤ヶ谷くんをマークしたのは2009年くらい。
Mステに出ていました。
以来、気にしていただけでしたが2011年Marching Jで、SMAPの番組に出たときから、応援体制に。

SMAP1解散は衝撃的でしたが、そもそも立ち直りが早いワタクシ。
過去は追いません。
執着心もない、ある意味、淡泊なワタシ。
書きたいことだけを書いていくブログに変更しました。

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